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カテゴリ:創作小説
  • 奈美の鉄韻 第1話
    [ 2008-07-12 19:52 ]
奈美の鉄韻 第1話
 夕暮れ間近の東京駅10番ホームで、榊原奈美が疲れを吹き飛ばす様
に力強く云った。
 「ただ列車を撮るんじゃなくて、何か心にジーンと響く『国鉄』を
表現したいのよ」
 「そう言うけど今日一日歩き回っても全く収穫なかったじゃないで
すか。僕らJR世代にとって国鉄は、もう歴史の一部なんですよぉ」
 ベンチにへたり込んだまま、雑誌『鉄道ライフ』に配属されたばか
りの駆け出し編集部員、赤羽透がぼやく。
 奈美はフリーの鉄道カメラマン。まだ若いがカメラの腕ばかりでな
く、鉄道に対する心豊かな感性で独特の世界観を写し出す。
 未成熟だが若々しい作品を持ち込んでくるため、編集部で気に入ら
れている。
 「しかし編集長も無茶言うよなぁ〜、『鉄道ライフ』の表紙にCG
使おうなんて…」
 今こうして苦労しているのはその編集長・豊田の一言が全ての発端
だった。
 「時代は3DCG《三次元コンピュータグラフィクス》だよ! 図
面さえあればもう現存しない車両もこの通りだ!」
 大きくプリントしたCGをみんなに見せ、
 「次の国鉄特集の表紙にコレ使おうか?」
などと宣《のたま》う。その途端に騒然となる編集部。
 「編集長!『鉄道ライフ』はCG雑誌じゃないんです。どの写真も
車両の貴重な記録《大事な思い出》なんですよ。いくらCGが素晴ら
しくても主旨が違います。『鉄道ライフ』の表紙は実写以外有り得ま
せん」
 副編集長の浦和が異議を唱える。彼は鉄道をこよなく愛する〈テツ〉
《(鉄道ファンのこと)》である。対する豊田は売上最優先・雑誌編
集の〈仕事人〉だ。
 「『今はCGでここまでできる!』と言うことも貴重な記録《技術
的な進歩》とならないか?」
 もはや屁理屈だ。が、豊田にしても『記録』の意味が違う事は充分
解っているし、なにより浦和が鉄道を語り出したら手に負えない事も
知っている。
 「なら、奈美君が撮った写真《え》がCGより良ければ今後も実写
《しゃしん》でいくことにしようか?」
 「ええっ? そんな事急に言われても…」
 「いいでしょう。受けて立ちますよ編集長。表紙バトルですね」
 話を振られて戸惑っている奈美に代わり、浦和が勝手に盛り上り承
諾してしまう。
 結局、5日後の編集会議までに、特集記事にマッチした写真を撮る
ことになってしまった。

 「でも奈美さん、本当に現存してる国鉄ってあるの?」
 既に投げだし気味の赤羽が言うように、テーマは〈現存する国鉄車
両たち〉というもの。
 今日一日歩き回って、出会えた国鉄車両は特急車や国鉄末期に製造
されたステンレス車ばかり。一般的な車両の寿命は20年程度。JR
になってそれ以上経つ現在《いま》はほとんどの車両が大幅に改造さ
れている。
 〈現存〉の範囲がどこまでなのかは判らないが、『国鉄』らしさが
不可欠なのは奈美にも解っている。が、その奈美でさえ国鉄が存在し
た時代を知らない世代なのだ。
 そこで少しは国鉄車が残っているだろうと期待して上野駅に行って
みたが、ステンレス車が溢れていて国鉄どころか『昭和』すら感じる
ことができなくなっていた。
 「この数年で首都圏のほとんどの車両はステンレス車に変わりまし
たからね。その中で国鉄を探すのはもう無理じゃないですか?」
 あくまで絶滅を訴える赤羽。この男ももう少し覇気があればねぇ…
と奈美は心で呟いた。
 「う〜ん、でも本当にどうしよう。このままじゃ1枚も撮れないわ。
『国鉄』を感じさせるのはもう無理なのかな?」
 さすがに弱気になる奈美。力なくベンチに腰を下ろし、反対側ホーム
から満員で発車してゆくステンレス電車をぼんやり眺める。
 {10番ホームに列車が…黄色い線の内…}
 列車入線のアナウンスが流れ、近づいてくる列車を見て、電気に触れ
たように飛び上がる奈美。その目の前を12両編成の15系客車を牽引
するEF65形電気機関車が通り抜ける。
 「これよ! ブルートレイン!」
 この数年で運転本数が激減しているため、逆に大きな改造をされずに、
そのまま『国鉄』を引き継いできていた夜行特急である。
 濃紺に金帯が輝く車体。奈美が求めていた〈現存する国鉄車両〉にと
うとう出会えた。
 それから3日間かけて、奈美はブルートレインを追いかけた。

 「完敗だよ! 奈美君が撮ったらどんな列車も魔法にかかったよう
に活き活きとするね。CGではこの迫力はたしかに出せないよ」
 豊田は奈美の写真を熱い眼差しで見つめている。副編集長の浦和な
ど何かを追懐《おもいだ》し、感泣している。赤羽も雰囲気に呑まれ
て涙目だ。
 奈美の撮った写真は、新橋駅を通過するEF66型電気機関車。
 ヘッドマークを誇らしげに掲げ、堂々とした編成が新橋駅のホーム
に沿って美しい曲線を描いている。終末期の寂寥感が漂うものの、国
鉄時代には旅の主役だった夜行特急の貫録はいまだ健在だ。
 画面左奥に乗客を詰め込んだ京浜東北線のE233系通勤電車が望
め、右には東京駅到着直前の新幹線700系が尾灯を赤く流す。
 国鉄・JR・昭和・平成が一体となり、それぞれの時代の思いを伝
える一枚の写真。
 大胆だけど女性特有の優しさすら感じる構図は、図面やイラストで
は表現できない、車両たちの熱い心を伝えていた。

【作者注】
この作品は2008年7月12日に当ブログ上にて、一般に発表いたしま
した。その時点ではまだ少数ですが、実際に京浜東北線にE233系
1000番代が投入され、ブルートレイン「富士」&「はやぶさ」も健
在でした。
いつ廃止されてもおかしくない状況ではあったものの、廃止されると
いう情報はまだありません。
しかし、その年の暮れ。
翌年春に廃止される事が発表され、2009年3月14日、東京駅発着の
ブルートレインは消滅。同時に電気機関車の運用も同時になくなって
しまいました。
この作品の世界も過去のモノになってしまったのは、残念でありませ
ん。

その「はやぶさ」が東京に戻ってくることになりました。
しかし、それは「新幹線」として、そして向かうのは九州ではなく、
新青森に変わります。
時代の変化はあまりに早すぎると感じます。
by luggagespace | 2008-07-12 19:52 | 創作小説 | Comments(0)